産業財産権の移転・ライセンスに関する契約の成立及び効力の問題は、以上のルールに従って決定される法により規律される。ここで問題となるのが、特徴的給付の理論の解釈 である。すなわち、産業財産権の移転・ライセンスに関する契約の特徴的給付とは何か。誰が特徴的給付者であるか。そもそも、特徴的給付を観念することはできるのか。この 問題について、我が国では、いまだ十分に議論されておらず、明らかでない8。そこで、通則法と同様、特徴的給付の理論に基づく準拠法ルールを有する、「契約債務の準拠法 に関す...
産業財産権の移転・ライセンスに関する契約の準拠法(*)
特別研究員 ▇▇▇▇
我が国の「法の適用に関する通則法」(以下、通則法)7条以下にある法律行為の準拠法ルールは、産業財産権の移転・ライセンスに関する契約(債権行為)にも適用される。このうち、当事者による準拠法選択がない場合のルール、特に、特徴的給付の理論に基づく8条2項を、産業財産権に関する契約の観点からどのように解釈するのかということについて、判決や議論がいまだ十分に蓄積されておらず、明らかでない。そこで、国際的な取引の安全を確保するために、上記ルールの解釈を明らかにする。その方法として、まずは、通則法と同様、特徴的給付の理論に基づく準拠法ルールを有するローマ条約とローマⅠ規則の下での議論を考察する。このほか、立法論も視野に入れて、四つの研究グループがそれぞれ作成した、知的財産(権)に関する国際私法原則及び立法提案の比較考察も行う。これらの考察を踏まえて、我が国の上記準拠法ルールについて、私見を述べる。
Ⅰ.はじめに
産業財産権の移転・ライセンスに関する契約の成立及び効力に関する問題の準拠法は1、我が国の国際私法の主たる法源である「法の適用に関する通則法」(以下、通則法)に従い、決定される。同法が定める契約の準拠法ルールを、簡単に述べるとすると、通則法7条及び9条により、契約当事者は、自らが選択した地の法を準拠法とすることができ、そのような選択がない場合は、同法8条に従い準拠法を決定する。このうち、後者の規定、特に特徴的給付の理論に基づく8条2項は、契約類型ごとに解釈する必要があるが、産業財産権に関する契約の観点からどのように解釈するのかということについては、いまだ十分に議論されておらず、また、判決の蓄積も無い。しかし、この種の契約は、契約当事者間の権利義務関係が複雑・多様なため、その解釈が難しいことから、取引の安全のためにも、一層、それを明らかにしておく必要がある。
もちろん、準拠法選択がある場合は8条の適用はなく、本条の解釈は問題とならない。しかし、契約当事者には、準拠法を選択しないという自由も認められており、また、何らかの法選択をしていたとしても、「通則法7条の規定による選択」に該当しないということもあり得る。そのような場合は、8条に従って、準拠法を決定することになる。つまり、準拠法選択がないということが起こり得る以上、その場合のルールの解釈を明らかにする意義は大きい。
そこで、この研究では、産業財産権の移転・ライセンスに関する契約の観点から、通則法の契約の準拠法ルール、とりわけ、当事者による準拠法選択がない場合のルールに焦点を当てて、考察する。その考察に当たっては、我が国の通則法と類似のルールを有し、かつ、この問題に関して活発に論じられている欧州での議論を参考にする。このほか、立法論
も視野に入れて、四つの研究グループがそれぞれ作成した、知的財産(権)に関する国際私法原則及び立法提案の比較考察も行う。最後に、これらの考察を踏まえて、我が国の上記ルールについて、私見を述べる。
Ⅱ.契約の準拠法ルール:法の適用に関する通則法
まず、我が国の契約の成立及び効力に関する問題の準拠法ルールを概観する。このルールは、通則法7条~9条に規定がある。
通則法7条は、契約当事者が、契約締結時に自ら選択した地の法を準拠法とすることを認めている。また、同法9条により、準拠法を事後的に変更することも可能である。
7条の規定による選択がないときは、8条1項に従い、契約締結時において契約に最も密接な関係がある地の法(以下、最密接関係地法)が適用される。この8条1項は、ルールとい うよりも、単なるアプローチにすぎないことから、同条2、3項で、最密接関係地を推定するという形で、このルールを具体的に 明らかにしている2。債権的法律行為一般を適用対象とする、すなわち、産業財産権に関する契約にも適用される8条2項は、「特徴的な給付を行う当事者(以下、特徴的給付者)の常居所地法」を最密接関係地法と推定すると定めている。同条同項は、いわゆる特徴的給付の理論に基づいた規定で、この理論は、通則法の立法関連資料で、「商業上の行為に関しては、契約関係の重心が職業的行為を引き受ける者の側にあることから、契約の最密接関係地法は商人が営業を営む地であるとする考察を基礎として、それを一般化し、契約に特徴的な給付(その種類の契約を、他の種類の契約から、区別する基準となる給付)をすべき者が活動の拠点を有している地を契約の最密接関係地とする考え方」3と説明され
(*) これは特許庁委託平成24年度産業財産権研究推進事業(平成24~26年度)報告書の要約である。
ている。そして、この特徴的給付は、一般的に、双務契約の場合、金銭給付の反対給付がこれに当たると解されている4。例えば、売買契約の場合、金銭給付の反対給付たる物の引渡しが、特徴的給付とされ、よって、特徴的給付を行う者である売主の常居所地法が、売買契約の最密接関係地法ということになる5。
以上のようにして、特徴的給付は観念されるが、例えば交換契約やジョイント・ベンチャーのように、契約の両当事者が同等の給付をなすべき場合には、特徴的給付を決定することができない6。この場合、8条1項に戻って、最密接関係地法を決定することになる。また、特徴的給付者の常居所地法は特定できるけれども、その地の法よりも、当該契約とより密接な関係を有する地の法があるという場合、8条2項は推定規定であることから、反証をもって、その推定を覆すことが可能であり、その場合、後者の法が最密接関係地法として適用される7。
産業財産権の移転・ライセンスに関する契約の成立及び効力の問題は、以上のルールに従って決定される法により規律される。ここで問題となるのが、特徴的給付の理論の解釈である。すなわち、産業財産権の移転・ライセンスに関する契約の特徴的給付とは何か。誰が特徴的給付者であるか。そもそも、特徴的給付を観念することはできるのか。この問題について、我が国では、いまだ十分に議論されておらず、明らかでない8。そこで、通則法と同様、特徴的給付の理論に基づく準拠法ルールを有する、「契約債務の準拠法に関す る条約(以下、ローマ条約9)と「契約債務の準拠法に関する 2008年6月 17日の欧州議会及び理事会規則( EC)
593/2008」(以下、ローマⅠ規則10)の下での上記疑問に関する議論を考察し、これを参考にして、我が国のルールの解釈を明らかにする。
Ⅲ.契約の準拠法ルール:
ローマ条約・ローマⅠ規則
ローマ条約とローマⅠ規則の下での議論を検討する前に、両者に規定されている契約の準拠法ルールを、この研究と直接関係する範囲で概観する。
ローマ条約は、当事者による準拠法選択を認めている(3条1項前段)。準拠法選択がない場合、同条約は、当該契約の最密接関係地法を準拠法とする(4条1項前段)。その最密接関係地法について、同条約は、特徴的給付の理論を採用し11、それに基づき決定される特徴的給付者の常居所地法を、最密接関係地法と推定する(4条2項)。もっとも、特徴的給付が決定され得ない場合は、4条2項は適用されず(4条5項前段)、また、当該契約が別の国とより密接な関係があることがその状況全体から明らかである場合は、4条2項の推定
が覆され(4条5項後段)、原則に立ち返って、当該契約の最密接関係地法が適用される。
他方、ローマⅠ規則も、ローマ条約と同様、法選択の自由を認めている(3条1項前段)。当事者による準拠法選択がない場合のルールについて、ローマ条約では、最密接関係地の原則を一般原則とし、その原則を特徴的給付の理論を通して具体化するという構造が取られていたのに対して、ローマⅠ規則では、幾つかの契約類型について厳格な連結点を付した抵触規定が採用された(同規則4条1項)12。もっとも、問題となっている契約が、同規則に定めがある特定の契約類型のいずれにも分類され得ない場合は、同規則4条2項に従い(特徴的給付の理論。ただし、推定規定ではない)13、特徴的給付者の常居所地国法がその契約を規律する。知的財産権又は産業財産権に関する契約は、4条1項に列挙されている契約類型に含まれていないことから14、4条2項が適用される。
当事者による準拠法選択がない場合、上記のように、準拠法を決定することになるが、事案の全ての事情から、契約が1項又は2 項で指定され る国とは別の国と明らかに
(manifestly)より密接に関係することが明らかである(clear)場合、その別の国の法が適用される(4条3項)。また、準拠法が1項又は2項に従って決定され得ない場合、契約は、最も密接な関係を有する国の法により規律される(4条4項)。ちなみに、ローマⅠ規則には、ローマ条約4条1項のような、最密接関係地の原則をうたった▇▇規定はないが、「密接な関連」という概念を二つの文脈、すなわち、同規則4条3項と4項で使用されている。そのため、最密接関係地という一般原則は、ローマⅠ規則4条でも、非常に重要なものとして位置付けられている15。
以上のとおり、ローマ条約、ローマⅠ規則のいずれによるとしても、産業財産権の譲渡・ライセンス契約の準拠法については、当事者による準拠法選択がない場合、特徴的給付の理論に依拠して、決定される。つまり、我が国の通則法のルールと同様であると言えよう。そこで、Ⅳ・Ⅴでは、これらの下でなされてきた、特徴的給付の理論の解釈に関する議論を考察する。
Ⅳ.特徴的給付の理論:従来の解釈から
特徴的給付は、「その種類の契約を、他の種類の契約から、区別する基準となる給付」であることから、個々の契約ごとではなく、契約類型ごとに決定しなければならない。その契約類型について、知的財産権(産業財産権を含む)が関係する契約の場合、「譲渡契約」や「ライセンス契約」といった
「知的財産権の移転・ライセンスを主目的とする契約」と、フランチャイズ契約や販売店契約のように、「知的財産権の移
転・ライセンスを主目的としない契約(若しくは、契約の主たる目的に、知的財産権の移転・ライセンスが従属している又は副次的に関係する契約)」に大別することができ、このうち、前者を、知的財産権に関する契約を扱う類型として観念するのが妥当であろう。
それでは、産業財産権の譲渡契約、及び、ライセンス契約の特徴的給付とは何か。これに関して、欧州では、一般的に、譲渡契約については「譲渡人の権利の移転」が、ライセンス契約については「ライセンサーの権利の使用又は利用許諾
(以下、利用許諾)」が、これに当たると解されている16。よって、譲渡人及びライセンサーが、それぞれの契約類型の特徴的給付者ということになろう。
ところが、ライセンス契約については、それとは異なる見解も主張されている。すなわち、(1)ライセンシーにライセンスの対象を利用する義務が課されているかどうかにかかわらず、ライセンサーの利用許諾が特徴的給付であり、ライセンサーを特徴的給付者とする立場17、(2)単純な契約18については、
(1)と同様、ライセンサーが特徴的給付者であるとするが、ライセンシーにライセンスの対象を利用する義務が課されているような複雑な契約については、ライセンシーの給付を特徴的給付、ライセンシーを特徴的給付者とする立場19、(3)単純な契約については、(1)(2)と同様、ライセンサーを特徴的給付者とするが、複雑な契約については、契約関係の重心が、ライセンサーの側からライセンシーの側に移ったと捉 えて、ライセンシーの営業所所在地国をより密接な関係を有する地とする立場20がある。なお、(2)説に対する批判として、例えば、ライセンシーに利用義務があるか否かで、ライセンサー若しくはライセンシーのいずれを特徴的給付者とするかを決めることになるが、この基準は実質法に依拠するものであるということ21、契約上の利用義務は、準拠法に基づいた契約の適切な解釈を前提とすることなどが挙げられている
22。
以上三つの説は、単純なライセンス契約については、ライセンサーが特徴的給付者であるという点で一致する。これは、先行研究によると、裁判例及び立法例でも認められているようである23。これに対して、ライセンシーに利用義務が課されている契約については、上述のとおり、見解が分かれている。そして、上記三つの説は、①ライセンシーに利用義務がある ということにより、契約関係の重心がライセンサーの側からライセンシーの側に移ると解する立場((2)(3))と、解さない立 場((1))に区別することができ、さらに、②①を肯定する場合、特徴的給付の理論の下で、ライセンシー(すなわち、特徴的給付者)の常居所地を最密接関係地とする立場((2))と、最密接関係地の原則の下で、ライセンシーの常居所地をより密接な関係地とする立場((3))に区別される。したがって、①ライセンシーに利用義務があるということにより、契約関係の重
心がライセンサーの側からライセンシーの側に移ると解するかどうか、②①を肯定する場合、これを特徴的給付の理論の下で処理するかどうかが、この種の契約の特徴的給付を解釈するに当たっての論点であると言えよう。
Ⅴ.特徴的給付の理論の新たな解釈
特徴的給付は、これまで述べてきたとおり、契約類型ごとに決定されなければならない。しかし、産業財産権に関する契約の多様性ゆえに、契約を全て類型化し、その契約類型ごとに特徴的給付を観念し、それを実施する者を特徴的給付者とすることは困難であることから、契約類型ごとに特徴的給付を観念するのではなく、「個々の契約ごとに特徴的給付を観念する」という見解が、▇▇▇▇▇▇▇ & ▇▇▇▇▇▇▇▇▇、及び、木棚教授24によって主張されている25。もっとも、このような従来とは異なる解釈を主張しているにもかかわらず、Fawcett & ▇▇▇▇▇▇▇▇▇は、複雑な内容の契約については、特徴的給付を一方に観念することができないとし、よって、ローマⅠ規則 4条2項は適用されず、同規則4条4項の最密接関連の原則の下で、「保護国法」を最密接関係地法として適用することを主張する26。他方、木棚教授は、上記契約については、「保護国法」が、特徴的給付の理論により推定される準拠法よりも、より密接な関連を有する地の法として、若しくは、そもそも、当事者には「保護国法」に黙示の合意があるとして、それを適用することを主張している27。
これらの見解から、Fawcett & ▇▇▇▇▇▇▇▇▇及び木棚教授は、産業財産権に関する契約(少なくとも、複雑な内容の契約)の準拠法決定については、従来の特徴的給付の理論に依拠することを回避する、若しくは、脱却しようとしていると言えるのではないかと思考する。このような姿勢は、次章で考察する、国際私法原則及び立法提案にも垣間見られる。
Ⅵ.国際私法原則及び立法提案の考察
以上の考察のとおり、産業財産権のライセンス契約については、特徴的給付の観念の仕方も含めて、何が特徴的給付であるか、契約関係の重心はどこにあるかということについて、争いがある。そのような議論がある中、四つの研究グループが、それぞれ、知的財産( 権) に関する国際私法原則
(”Intellectual Property: Principles Governing Jurisdiction, Choice of Law, and Judgments in Transnational Disputes “(以下、ALI原則28)、「知的財産権に関する国際私法原則日韓共同提案」(以下、早稲田原則29)、”Conflict of Laws in Intellectual Property: The CLIP Principles”(以下、CLIP原則
30))ないし立法提案(以下、法透明化プロジェクト立法提案
31)(以下、併せて、国際私法原則等)を作成・公表した。これ
らの中には、知的財産に関する契約の準拠法ルールも含まれている。そこで、我が国のルールにつき、立法論を論じる必要があるかどうかを判断するために、国際私法原則等が提案する契約の準拠法ルールを、二つの観点から、すなわち、解釈につき議論のある特徴的給付の理論は採用されているのか、そして、同理論の下では見解が相違する、ライセンシーに利用義務があるライセンス契約に関して、どの国の法を準拠法とする提案がなされているのかという点に注目して比較考察する。
まず、国際私法原則等にある契約の準拠法ルールは、我が国の通則法などと同様、当事者自治の原則を採用している32。準拠法選択がない場合、三つの国際私法原則は、最密接関係地法を準拠法とすることを▇▇でうたい、残る立法提案も、最密接関係地の原則に基づいた準拠法ルールを提案している33。その最密接関係地を決定する手段として、これらの提案は、通則法8条2項のような特徴的給付の理論を一般化した規定は置いていない。その代わりに、▇▇▇▇▇と法透明化プロジェクト立法提案は最密接関係地を具体的に明示した規定を、早稲田原則とCLIP原則は、両原則がそれぞれ定めた要素を考慮して34、個々の契約ごとに、いずれの契約当事者の側に当該契約関係の重心があるかを探求し、それがある方の契約当事者の常居所地を最密接関係地と判断するという規定を置いている35。
このように、▇▇すると、これらの提案は、特徴的給付の理論に依拠していないように見える。しかし、▇▇▇▇▇が最密接関係地と推定する「譲渡人又はライセンサーの住所地」は特徴的給付者の住所地に一致し36、また、法透明化プロジェクト立法提案の「権利保有者の常居所地」も、特徴的給付の理論に依拠した連結点であると解説されている37。さらに、早稲田原則及びCLIP原則の最密接関係地の探求の仕方も、契約関係の重心がある側の当事者の常居所地法を最密接関係地法とするという点で、特徴的給付の理論の主要な特色を残していると言えよう38。したがって、これらの提案は、特徴的給付の理論を完全に排除したのではなく、むしろ、この理論を知的財産に関する契約の観点から解釈した際に生じる議論や問題に応じるために39、同理論を展開させた、新しい形のルールであると言い得よう。
次に、ライセンシーに利用義務があるライセンス契約に関して、提案されている準拠法ルールはそれぞれ異なるが、いずれの提案も、利用義務があるというだけで、必ず、ライセンシーの常居所地を最密接関係地とするわけではないという点で、一致するのではないかと思われる。例えば、▇▇▇原則は、契約履行時のライセンサーの住所地国法を最密接関係地法と推定するとし40、この推定を覆し得るかどうかを判断するに当たっては、ライセンシーの利用義務の有無も考慮されるのかもしれないが、ライセンサーの住所地を最密接関係地
とした理由を見る限り41、この義務が、その判断に大きく影響することはないように思われる。よって、この場合でも、基本的には、契約履行時のライセンサーの住所地国法が適用されることになると考えられよう。また、法透明化立法提案は、当該準拠法は、契約の対象となる知的財産権の権利付与国法(これが複数ある場合は、権利保有者の常居所地法)によるとし42、この準拠法よりも、当該契約に密接に関連を有している他の国があれば、その国の法を準拠法とすると定める43。しかし、同提案が想定しているこの規定の適用場面を踏まえ ると44、ライセンシーに利用義務があるということを理由に、上記以外の地が最密接関係地であると判断される可能性は、極めて低いように思われる。
他方、早稲田原則及びCLIP原則は、いずれも、ライセンシーの常居所地を最密接関係地と判断するための考慮要素として、ライセンシーの利用義務を挙げている45。つまり、両原則は、ライセンシーの利用義務が契約関係の重心を移すと捉えていると言えよう。もっとも、両原則が想定している要素の考慮の仕方を鑑みると46、この要素があるというだけでなく、これに加えて、ライセンシーの側に重心が傾く要素が他にもあり、かつ、ライセンサーの側に重心が傾く要素がない、若しくは、それがあるとしても、重心がライセンシーの側にあるという判断に影響を与えないというときに初めて、ライセンシーの常居所地が最密接関係地と判断されるということになるのではないかと思われる。
したがって、いずれの提案も、程度の差こそあれ、ライセンシーに利用義務があるというだけで、ライセンシーの常居所地を最密接関係地と判断するわけではないと言えよう。
Ⅶ.私見:結びに代えて
最後に、これまでの考察を踏まえて、産業財産権に関する移転・ライセンスに関する契約の観点から、我が国の当事者による法選択がない場合の契約の準拠法ルールについて、私見を述べたい。
まず、産業財産権の譲渡契約・ライセンス契約は、通常、通則法8条2項の「法律行為において特徴的な給付を当事者の一方のみが行うものであるとき」に該当するとし、同条同項の「特徴的な給付」とは、譲渡契約の場合、譲渡人の「権利の移転」、ライセンス契約の場合、ライセンサーの「利用許諾」を指し、譲渡人・ライセンサーの常居所地法が最密接関係地法と推定されると解釈する。つまり、ライセンス契約について、ライセンシーの利用義務の有無にかかわらず、ライセンサーが特徴的給付者であるという立場を採る。その上で、個々の契約の諸事情を考慮して、ライセンサーの常居所地国ではない別の国とより密接な関係を有するという場合は、同法8条1項により、その国の法が最密接関係地法であると
解釈する。
以上のとおり、この準拠法ルールについて、立法論ではなく、解釈論として、私見を述べた。その理由について、産業財産権の移転・ライセンスに関する契約の性質(すなわち、多様性・複雑性)と、通則法8条の構造とその機能(すなわち、同条2項の特徴的給付の理論で予見可能性を確保し、同条 1項の最密接関係地の原則で具体的妥当性を確保する)がうまく適合していること、また、特徴的給付の理論の解釈につき議論がある中で作成された国際私法原則等の提案も、実質的には、この理論に矛盾しない、若しくは、その理論を展開した規定を提案しているということを鑑みると、我が国では、あえて立法論を論じなくても、現行の通則法8条の解釈で、産業財産権に関する契約につき、妥当な準拠法を導き出すことができるのではないかと思考したからである。
次に、産業財産権の譲渡・ライセンス契約の特徴的給付について、これは従来どおり、契約類型ごとに観念し、かつ、準拠法ルールの明確性、及び、予見可能性の確保を重視して、譲渡契約については一般的、ライセンス契約については、少なくとも単純な契約については広く受け入れられているとされる解釈、すなわち、譲渡人の権利移転、ライセンサーの利用許諾を特徴的給付とした。そして、ライセンシーに利用義務がある場合も、この立場を採る47。確かに、ライセンシーに利用義務がある場合、ライセンシーは、利用義務がなければ負うはずのなかったリスク(商業上のリスクや経済的リスク) を負うことになるのかもしれない。しかし、そもそも、ライセンサーが産業財産権を利用可能なものにしなければ、ライセンシーはその産業財産権にアクセスすることができないし、また、ライセンサーが当該産業財産権の利用を許諾しなければ、 ライセンシーはそれを合法に利用することができない。よって、ライセンシーに利用義務があるというだけで、契約関係の重心がライセンサーの側からライセンシーの側に「必ず」移ると考えることには、賛成できない48。そのため、ライセンス契約の特徴的給付は一律、ライセンサーの利用許諾であり、ライセンサーが特徴的給付者であると解した。
もちろん、ライセンシーの利用義務に基づく利用のほか、その他の事情も考慮すれば、ライセンシーの側に契約関係の重心があるということはあり得るであろう。そのような場合は、契約の重心がライセンサーの側からライセンシーの側に移ったと捉えて、後者の常居所地が当該契約とより密接な関係を有する、すなわち、通則法8条1項の最密接関係地法とすればよいのではないかと考える。なぜなら、この方法によると、契約当事者の給付のほか、個々の契約の諸事情も考慮し得るため、その結果、問題となっている契約にとって、より妥当な最密接関係地を導き出すことができるからである。なお、同条同項での上記判断に当たっては、早稲田原則やCLIP原則が、いずれの契約当事者の常居所地が最密接関係地
であるかを判断するために列挙した要素が参考になるのではないかと思われる。もっとも、通則法8条1項の下では、上述のとおり、契約当事者の常居所地だけでなく、それ以外の国も、より密接な関係を有する地となり得ることから、両原則に列挙されている要素に限らず、個々の契約関係の様々な事情を考慮して、その地を決定することになろう。
以上が、通則法の契約の準拠法ルールを、産業財産権の移転・ライセンスに関する契約の観点から解釈した、現段階の私見である。繰り返し述べているとおり、我が国では、この分野に関する議論や判決の蓄積がいまだ十分でなく、明らかでない点が多い。よって、この研究が今後の議論の契機になることを期待しつつ、これらに関する議論や判例の蓄積を待ち、再考を重ねながら、更なる研鑽を積んでいきたい。
1 特許権・著作▇▇の譲渡・ライセンス契約は、物権の場合と同様に、譲渡の原因となる債権行為については譲渡・ライセンス契約の準拠法により、特許権・著作▇▇の物権類似の支配関係の変動については保護国法によると解するのが通説である(▇▇▇▇『国際関係私法入門』166頁〔▇▇▇▇〕
(有斐閣、第3版、2012年))。この研究の対象は、前者の問題の準拠法ルールである。
2 ▇▇▇▇・▇▇▇▇▇編『注釈国際私法(1)』202頁〔▇▇▇〕(有斐閣、2011年)。
3 法務省民事▇▇▇▇室「国際私法の現代化に関する要綱▇▇▇▇補足説明」39頁。
4 ▇▇▇『解説 法の適用に関する通則法:新しい国際私法』66頁(弘文堂、 2006年)、▇▇・前掲注2、206頁ほか参照。
5 前掲注3、39頁参照。
6 ▇▇・前掲注2、210頁、神前・前掲注4、66頁参照。
7 ▇▇・前掲注2、211頁参照。なお、この推定について、現在のところ、どの程度の反証で覆せるのか、推定の強度はどの程度なのかという点に関しては、条文上明らかではなく、解釈の必要があると言われている(▇▇▇▇「通則法における契約準拠法」国際私法年報9号20頁(2007年)、▇▇▇▇編『知的財産権と渉外民事訴訟』321頁〔▇▇▇▇〕(弘文堂、2010年))。
8 例えば、我が国での議論ないし解釈に関して、▇▇・前掲注2、208-209頁、及び、この報告書のVを参照されたい。
9 Convention on the law applicable to contractual obligations opened for signature in Rome on 19 June 1980 (80/934/EEC). See, Official Journal of the European Communities 1980, L 266/1; (consolidated version), Official Journal of the European Union 2005, C334/1.
10 Regulation (EC) No 593/2008 of the European Parliament and of the Council of 17 June 2008 on the law applicable to contractual obligations (Rome I), Official Journal of the European Union 2008, L 177/6.
11 ローマ条約の報告書に、同条約で採用されている特徴的給付の理論について、説明がある(Report on the Convention on the law applicable to contractual obligations by ▇▇▇▇▇ ▇▇▇▇▇▇▇▇, Professor, University of Milan, and ▇▇▇▇ ▇▇▇▇▇▇▇, Professor, University of Paris I, Official Journal of the European Communities C 282, October 31, 1980, pp. 20-21)(以下、 ▇▇▇▇▇▇▇▇-▇▇▇▇▇▇▇報告書)。これによると、前章で述べた、我が国の通則法下の同理論と同じであると捉えて差し支えないであろう。
12 See, ▇▇▇▇▇▇ ▇▇▇▇▇▇, “The Rome I Regulation on the Law Applicable to Contractual Obligations: Some General Remarks”, Yearbook of Private International Law, vol. 10 (2008), pp. 173-174.
13 ローマⅠ規則中の「特徴的給付」も、ローマ条約と同様に解釈して、差し支えないと思案する(see, ▇▇▇▇▇▇▇▇ ▇▇▇▇▇▇▇ and others, ▇▇▇▇▇, ▇▇▇▇▇▇ & ▇▇▇▇▇▇▇ on the Conflict of Laws, (▇▇▇▇▇ & ▇▇▇▇▇▇▇, 15th ed., 2012), pp. 1779 and 1783)。
14 ただし、知的財産権の移転・ライセンスが副次的に関係するフランチャイズ契約、及び、販売店契約については、ローマⅠ規則4条1項(e)(f)号にそれぞれ規定がある。
15 ▇▇▇▇▇ ▇. ▇▇ ▇▇▇▇▇▇ ▇▇▇▇▇▇▇, “Applicable Law in the Absence of Choice to Contracts Relating to Intellectual or Industrial Property Rights”, Yearbook of Private International Law, vol. 10 (2008), p. 201.
16 ▇▇▇▇▇ ▇. ▇▇ ▇▇▇▇▇▇ ▇▇▇▇▇▇▇, “The law governing international intellectual property licensing agreements (a conflict of laws analysis) ”, in ▇▇▇▇▇▇▇ ▇▇ ▇▇▇▇▇ ed., Research Handbook on Intellectual Property Licensing (▇▇▇▇▇▇ ▇▇▇▇▇ Publishing, 2013), p. 325. See also, ▇▇▇▇▇ ▇. ▇▇▇▇▇▇▇ and ▇▇▇▇ ▇▇▇▇▇▇▇▇▇, Intellectual Property and Private International Law (Oxford University Press, 2nd ed., 2011), p. 765; ▇▇▇▇ ▇▇▇▇▇▇▇▇▇,”Contracts
Concerning Intellectual Property Rights”, in ▇▇▇▇▇▇ ▇▇▇▇▇▇▇ and ▇▇▇▇▇▇ ▇▇▇▇▇▇ eds., Rome I Regulation: The Law Applicable to Contractual Obligations in Europe (Sellier European Law Publishers, 2009), pp. 65-66.
17 ▇▇▇▇▇▇▇▇▇, supra note 16, pp. 67-70; de ▇▇▇▇▇▇ ▇▇▇▇▇▇▇, supra note 15, pp. 210-214; de ▇▇▇▇▇▇ ▇▇▇▇▇▇▇, supra note 16, pp. 325-328. 理由については、同掲書参照。
18 ライセンサーが産業財産権の非独占的なライセンスの付与をするのに対して、▇▇▇▇▇▇はその対価を一時金払いするというような契約を指す。
19 ▇▇▇▇▇ ▇▇▇▇▇▇▇▇▇, “Contracts Relating to Intellectual or Industrial Property
Rights under the Rome I Regulation”, in ▇▇▇▇▇▇ ▇▇▇▇▇▇ and ▇▇▇▇▇▇ ▇▇▇▇ eds., Intellectual Property and Private International law (Mohr Siebeck, 2009), pp. 51-55 and pp. 77-78; ▇▇▇▇▇▇ ▇▇▇▇, “Intellectual Property and Private International Law: situation in Austria”, in ▇▇▇▇▇▇▇▇▇ ▇▇▇▇ ed., Intellectual Property and Private International Law (Hart Publish, 2012), pp. 235-238; ▇▇▇▇▇▇▇▇ ▇▇▇▇▇▇▇, “International Patent Licensing Agreements and Conflicts of Laws”, 2 Nw. J. Int’l L. & Bus. 11 (1980), pp. 23-27. 理由については、同掲書参照。
20 ▇▇▇▇▇ ▇▇▇▇▇, Intellectual Property Rights and the Conflict of Laws (Kluwer Academic Publishers, 1978), pp. 94-96 and p. 99 et seq. 理由については、同掲書参照。
21 ▇▇▇▇▇▇▇▇▇, supra note 16, p. 68.
22 Ibid. See also, de ▇▇▇▇▇▇ ▇▇▇▇▇▇▇, supra note 16, p. 326.
23 See, Axel ▇▇▇▇▇▇▇, “The Emergence of a Lex Mercatoria (or Lex Informatica) for International Creative Communities”, jipitec, vol. 3 (2012), p. 363.
(▇▇▇▇://▇▇▇.▇▇▇▇▇▇▇.▇▇/▇▇▇▇▇▇/▇▇▇▇▇▇▇-▇-▇-▇▇▇▇/▇▇▇▇/▇▇▇▇▇▇▇.▇▇▇)
24 特徴的給付の理論について、既述のとおり、我が国では、産業財産権を含む知的財産権に関する契約の観点から未だ十分に議論がなされていない
ことから、これまで、欧州の議論を中心に考察してきた。そのような現状の中、▇▇教授は、我が国の国際私法(通則法)の下でこれを論じている数少な
い論者で、特にその見解は、▇▇▇▇▇▇▇ & ▇▇▇▇▇▇▇▇▇の見解と類似する点がある。そのため、▇▇教授の見解をここで取り上げた。
25 Fawcett & ▇▇▇▇▇▇▇▇▇, supra note 16, pp. 762-763. ▇▇▇▇『国際知的財
産法』452-453頁(日本評論社、2009年)。
26 ▇▇▇▇▇▇▇ & ▇▇▇▇▇▇▇▇▇, supra note 16, pp. 766-774.
27 木棚・前掲注25、453頁。
28 アメリカ法律協会(the American Law Institute)が作成。The American Law Institute, Intellectual Property: Principle Governing Jurisdiction, Choice of Law, and Judgments in Transnational Disputes (American Law Institute Publishers, 2008).
29 早稲田大学グローバルCOE《企業法制と法創造》総合研究所の国際取引法と知財法制グループが作成。▇▇▇▇編『知的財産の国際私法原則研究:東アジアの日韓共同提案』(成文堂、2012年)。
30 CLIPグループ(the European Max-Planck Group for Conflict of Laws in Intellectual Property)が作成。European Max Planck Group on Conflict of Laws in Intellectual Property, Conflict of Laws in Intellectual Property: The CLIP Principles and Commentary, (Oxford University Press, 2013).
31 特定領域研究「日本法の透明化」産業財産権・著作権・国際民事訴訟法研究グループによる日本法としての立法提案。▇▇▇▇編『知的財産権と渉外民事訴訟』(弘文堂、2010年)。
32 ▇▇▇▇▇315条1項、早稲田原則302条、CLIP原則3:501条、法透明化プロジェクト立法提案306条1項。
33 ALI原則315条2項、早稲田原則307条1項、CLIP原則3:502条1項、法透明化プロジェクト立法提案306条2項。
34 早稲田原則307条2項、CLIP原則3:502条2項(a)(b)号参照。
35 CLIP原則については、同原則3:502条3項も参照。
36 ALI原則315条2項。▇▇▇, supra note 28, p. 148.
37 ▇▇・前掲注7、328頁。ただし、法透明化プロジェクト立法提案は、第一次的には「権利付与国」(同立法提案306条2項前段)、それが複数ある場合は「権利保有者の常居所地」(同条同項後段)を最密接関係地とする。このほか、306条3項も参照。
38 このほか、木棚・前掲注29、36頁参照。See also, European Max Planck Group on Conflict of Laws in Intellectual Property (CLIP), Conflict of Laws in Intellectual Property: The CLIP Principles and Commentary, (Oxford University Press, 2013), p. 273 [▇▇▇▇ ▇▇▇▇▇▇▇]。
39 ▇▇▇▇▇及び法透明化プロジェクト立法提案は、上述のとおり、ライセンサ ーないし権利保有者が特徴的給付者であると解釈し、その常居所地ないし住所地を最密接関係地として明示している。つまり、このように、誰が特徴的給付者であるかを明示することで、特徴的給付の理論の解釈に関する議論(例えば、何が特徴的給付であるかなど)の収束を試みたのではないかと推測する。他方、早稲田原則とCLIP原則は、上述の方法を採ることで、特徴的給付の理論の下で批判があった問題、すなわち、契約類型ごとに特 徴的給付を観念する難しさの克服を試みているのではないかと思料する。
40 ALI原則315条2項。
41 ALI, supra note 28, p. 148.
42 法透明化プロジェクト立法提案306条2項。
43 法透明化プロジェクト立法提案306条3項。
44 ▇▇・前掲注7、328頁。
45 前掲注34を参照。
46 木棚・前掲注29、36頁。▇▇▇▇▇▇▇, supra note 38, p. 274.
47 すなわち、Ⅳで述べた(1)の立場を採る。
48 また、仮に、ライセンシーの利用義務に基づく利用を特徴的給付とみるとすると、ライセンシーの利用義務の有無で、ライセンス契約という契約類型を分割・類型化する必要が生じるが、この義務の有無は、契約の準拠法によって決定されるべき事項であることから、そのような契約類型の設定は妥当でないと言えよう。
